〜雪振ゆるは夢の跡〜


下編・華の雪

夢を見た。
優しい夢。深々と降る雪の奥で誰かが微笑んでいる。
辺りを見回せば、白い服を纏った仲間達が立っている。
知っている。私はこの人たちを知っている。
雪の奥の誰かが手を差し伸べた瞬間。
雪華は言いようのない浮遊感に見舞われる。
地面が浸透し、上下左右の感覚さえもなくなってしまう。
それなのに・・それなのにどこか暖かい・・。
そんな夢だった。


 「・・・い・・・・おい・・・・!・・・・した!」
声。二人の男の声が耳を突き抜け、雪華を現実へと呼び戻した。
まだ痛む耳を抑え、起き上がり辺りを促す。
どういう訳か先ほどまでの吹雪は止み、空は晴れていた。
 「・・・・あたしどれくらい気を失ってた?」
 「15分くらいだ。」
つっけんどんに返しながら十六夜はすっくと立ち上がり、続ける。
 「もう少ししたら山頂だ。休むならそこで休もう。」
 「そやなぁ・・雪華も色々疲れてるんとちゃう?」
・・違う。そんなんじゃない。
なんだろう?この感覚。行かなくちゃいけないのに・・・
行くべきなのに。行っちゃいけない気がする。
ううん。その表現も正しくない。
曖昧な感情のまま歩き出す一歩。
それは・・何故か無性に重く感じたのだった・・。

・・・・・・・・・・・・・・

ヒュゴォオオオオウウゥゥウウウ・・・

山々の声が風を伝って空気を反響させる。
歩き始めて数十分。3人はグランドフェーレの頂に並び、立ち尽くしていた。
 「・・・どうだ?」
 「・・・何が?」
 「・・・なんか思い出したんとちゃう?」
 「・・・何を?」
 「・・・何って・・」
 「・・・なぁ。」
 「・・・なんだよ。」
 「・・・当て・・・外しよったな。俺等。」
 「・・・あぁ。」
ただきょとんと目を白黒させる雪華に嘆息しながら十六夜はその場に座り込む。
 「・・無駄足だったな。」
 「まぁもうちょい待ってみようや♪なんか思い出すかも・・・」
飛鏡は呑気に放つその刹那。
大地が・・・脈絡なく大きく反復したのだった。


 「なな・・なんや!!?」
 「く・・でかい!」
 「ちよっ・・・!?これやばくないっ!?」
 「おおいにやばい!」
 「言ってないで走れ!いつこの崖が崩れるか分かんねぇぞ!!」
 「んなこと言うたって・・!」
 「ア・・・アレなに!?」

揺らぐ大地を見下すように、空を染めたもの。
紅く、真紅に染まる空は、まるで世界の破滅を連想させるように燃え上がっていた。
確かに見える。巨大な・・巨大ななにかが落ちてきている!!
太陽と被さったそれは、フィルリアルに影を刺す。
世界は暗転した・・・。

 「う・・嘘やろ?」
 「・・・嘘じゃないみたいだな。」
揺らぎ止んだ大地に踏みとどまり、十六夜と飛鏡は空を仰いだ。
巨大な隕石は、まるで自分達を嘲笑うかのように煌々と燃え上がるのだった。

 『雪華。』
イイイィィィン・・・
先ほどの声が耳に伝り、再び雪華を夢の世界へと誘った。
 「・・誰?」
夢。いや今度は夢じゃない。
今度は十六夜も、飛鏡もそこに立っている。ただしそこは現実世界ではない、闇一色の世界だった。
以前の女の方が自分達の目の前に現れたのだ。
 『選択の時です。・・・いえ。元からあなたには選択の余地はないのです。』
 「・・え?」
 『春に備えなさい。スノードロップ。あなたは生きてはならない身。』
 「ちぃっと待ちや。あんた誰や?訳分からん事言ってんやないで。」
 「同感だな。貴様何者だ?物の怪の類か・・・?」
刃を向けながら二人が雪華の前に立ちふさがる。
女は仕方がないと言わんばかりに掌を掲げ、
ガキィィィン!!二人の向けた刀身が見事に根元から打ち砕け、空気を煌かせた。
 「な・・!」
 『私はスノードロップと話をしているのです。ここまで彼女を連れてきてくれたことは感謝します。しかし邪魔は許しません。』
 「飛鏡、十六夜。ちょっと下がってて。私、話聞いてみる。」
 「・・・ああ。不審に感じよったらすぐに割って入るからな。」
 「うん。ありがと。」

言った瞬間、
先ほどの闇一色の世界が硝子を破ったように砕け、現実へと二人を引き剥がす。
そこは・・先ほどよりも紅るむ空が目前に迫っていた。
 「・・!あの野郎!!」
十六夜がまくし立て、女の居た場所まで駆ける。
 「やめいな十六夜。もうそこにはおらへん・・・。」
 「・・ち。」
 「待ってよや。」
座り込む飛鏡。
どれぐらい待っただろう?1時間?2時間?それともほんの1分ほどだろうか・・。
空はいよいよ燃え上がり、隕石も間近に迫っている。
それでも・・十六夜と飛鏡はそこに座っていた。
逃げる訳じゃなく、ただそこに・・。

・・・と。一瞬世界が発光したかと思うと、

 『・・飛鏡。十六夜・・。』
今度は、白一色の世界が二人を包み込んでいた。
 「な・・・」
 『ごめんね。そんでありがとっ。あたしようやく自分のコト思い出したよ。』
 「雪・・華?」
 『・・うぅん。あたしは華。逃げちゃ駄目。運命にあがらえない存在。』
 「言ってることがよく分からない。ちゃんと説明してくれ!」
 『・・ありがとう。春が・・ちゃんと来ますように♪』
 「お・・・おい!!」

気がついたら・・。
そこは青く晴れ渡り、至って通常の空が在るだけだった。
いや・・二人の背中の下には。
一面のスノードロップが咲き乱れ、春の訪れを祝福するのだった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・

あれから数ヵ月後、十六夜と飛鏡は地元の町、「レイブンガル」のバーで暇を持て余していた。
 「ぃよん♪儲かってる〜?」
二人の女が店に入ってきた。
十六夜と飛鏡の依頼を紹介してくれる仲介屋の二人である。
女のうち一人がこのバーを経営しているのだが、客の入りはイマイチで、完全に二人の拠点と成り代わっているのだ。
その一人の女、舞艶がコーヒーをいれながら促す。
黒髪の、少し大人の格がある女性だ。
 「どうしたのよ?あとちょっとの春なんだからグータラしてたら勿体無いわよ?」
 「あとちょっと・・か。あとどれぐらいだ?冬の周期まで。」
 「なぁに寝ぼけたこと言ってんのよ♪もう2週間きってんのよ?今のうちに買い込みしとかなきゃ♪次の春は4年後だわ。」
もう一人の女、妲己が買物袋を引っさげて笑う。
舞艶とは対照的に楽天的で明るい妲己に飛鏡は嘆息した。
 「あ・何溜息してんのよ。」
 「その春がどうやって来るのか知らんのやろ?こちとらすっきりせん気分やわ。」
 「・・そういうことだ。次の冬がどうなるかも気になる。」
まったくその通りであった。
次の冬、雪華は姿を現すのだろうか・・・?
また会うことができるのだろうか?
しかし、スノードロップの特性を考えると、気が気でもない。
スノードロップは一年咲くと、散ってしまい二度と返り咲くことのできない華なのである。
飛鏡はまた嘆息すると、舞艶の入れたコーヒーを飲み干し、十六夜とともに店を後にした。

・・・・・・・・・・・・・・・

ヒュゴォォォォウウウウ・・・

待ちかねたのかどうかは分からないが、冬が来た。
身を刺すような横雪をローブで防ぎながら夜道を駆ける。
 「ぅうう・・すっかり遅ぅなってしまったなぁ・・・・」
飛鏡が白い息を吐きながら呟いた。
 「・・ったく。どこの誰だよ。道間違えたのは・・」
 「誰って!その言い草なんやねん!俺のせいやって言うんか!?・・・俺のせいやけど。」
飛鏡のボケを促しながら十六夜は酒場のドアを開け放った。
 「らっしゃい旦那。何します?」
 「そうだな・・・今日は寒いからワッカでも・・」
 「オレンジジュース。」
 「「え?」」
横から不意に投げかけられた注文に二人は焦った。
この声は・・
 「あぁ?オレンジジュースぅ?んな子供の飲むもん置いて・・」
 「「俺等もオレンジュースで!!!」」
たじろぐ店主を尻目に二人のその女の背後に立った。
 「おい・・まさか。」
少女は深めのフードを払うと、微笑んだ。
水色がかった白い髪がわずかに落ちた雪を絡め、美しく煌く。
雪華は微笑みながら飛鏡と十六夜との再会に喜んだ。
今度は華の化身じゃなく。
役目を終えた華の行く先は、『転生』即ち人間になり得ることだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

更に時は流れて3年後。
冬の終りが近づいてきている。
まもなくやってくる春に、3人はすっかり以前の出来事を振り返ることはなかった。
 「いらっしゃいませ〜vご注文はなににします?」
 「おぉ♪雪華ちゃん精がでるねぇっ!」
 「こっちにも注文おねが〜い!」
 「はぁい♪ありがとうございますぅ(営業スマイル)」

 「しっしっし♪せっちゃんが来てからここも儲かる儲かるわっはっはだわ♪」
経費担当妲己がそろばんをジャラジャラ言わせながら笑う。
舞艶のバーに居候する雪華は今年で18にもなり、すっかり看板娘として役を担っていた。
 「・・・俺の静かな空間はどこに行ったんだ・・」
 「さぁなぁ。3年前のあの日には少なからずなくなっとったやろ。」
十六夜と飛鏡が頬杖を突きながらコーヒーをすすった。

・・・と。
カランカランカラン。
鳴子が店内に響く。
 「あ・いらっしゃいませ〜」
店の入り口に戸惑う風に立っていたのは・・・
少女であった。
少しくたびれローブを着て、なにやらもじもじしている。
 「?」
 「雪華。どうやら俺等に用があるみたいだ。」
十六夜が椅子に座りなおしながら言った。
 「どのようなご依頼で?」
 「えっと・・・探し物・・なんですけど。」
探し物。十六夜と飛鏡の脳裏になにかがフラッシュバックする。
 「ど・・・どのような?」
つり上がった声で十六夜が問う。
 「えっと・・私の名前は鎖彦。探してものは・・・」
飛鏡は嘆息した。そーいえば・・今年だ。
 「実は私の記憶なんです。」

2人は椅子ごと後ろに転倒しながら叫んだ。
その叫び声はバーの屋根を突き抜け、垣間見える雪雲の奥の太陽まで響いていた。

3日後・・・
十六夜、飛鏡、雪華、鎖彦の4人がグランドフェーレの麓に佇んでいたことは言うまでもなかった。
ただ・・ただ白い雪が行く末を暗示させるように。

神は咲かせます。雪の華を。
華は誘います。光の春を。
春は与えます。華のイノチを・・・。



〜END〜


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