〜雪降ゆるは夢の跡〜

上編・迷い雪

常冬の世界「フィルリアル」。
年がら年中冬と思わせる程、この星の冬季は長い。
数年間の間、世界を雪で包み、5年に一度花を咲かせる。
春はもう間近である・・・

首都「セインガレル」の広場から裏路地に入り数メートル。一件の酒場が見えてくる。
寒さを忘れるためにこの世界の男達は昼間になると酒を飲んで寒さを凌ぐのである。
 「いらっしゃい。・・ん?」
マスターがグラスを磨きながら珍しい来客者を見やる。
水色がかった白い髪、ゆったりとしたローブを着た少女がそこに立っていた。
 「なんだ。女が来るようなところじゃないぜ?」
マスターが機嫌悪そうにそう吐くと、飲んでいた男達が一斉に下品な笑いを漏らす。
 「女が酒場にきちゃいけないの?」
少女が少し怒った風に呟くとマスターはお手上げの格好のまま続ける。
 「それじゃあなんだい?酒を飲むのか?お嬢ちゃんは。注文を言ってもらわねぇとなぁ。」
 「・・・オレンジジュース。」
店内に男達の笑い声が響く。少女は少し俯いた風で酒場主を睨んだ。
 「くく・・さぁさ帰った帰った。おまえなんかが来るところじゃねぇよ。ん・・?あ、お客さんいらっしゃい!」
二人組みの男が雪を払いながら入ってきた。
年は15と20くらいだろう。若い方の少年は漆黒の黒髪をし、左頬に一線古傷が刻まれている。
青年の方は茶色がかった髪を後頭部でまとめポニーテールにしている。
両者共にこの辺りでは珍しい和服姿だ。
 「どうした?座んねぇのか?」
黒髪が少女に促すが、すぐにマスターが割って入った。
 「こーいう冷やかし女はほっといて何にしますかい?ウィスキー?ウォッカでも?」
 「よう。あんたはどないするんや?」
今度は茶髪が笑いながら少女を促す。 
 「私は・・・」
 「オレンジジュース。」
 「は?」
 「言ってんだろ?オレンジジュース。今日は飲む気がおこらねぇからな。甘いモンが飲みたい」
 「は・・・はぁ。」
渋々果汁ジュースをグラスに注ぎ、マスターが一杯だけ黒髪にそれを渡す。
 「ん?連れのぶんは出さないのか?あと2人分だ。」
一瞬黒髪は少女に微笑みを漏らしたように見えた。

・・・・・・・・・・・・

 「よう。災難だったな。」
 「助けて欲しいなんて言ってないよ・・?」
 「おりょ?怒っとるんか?」
 「別に。男女差別が残るこの都市に少し腹を立てているだけよ。」
 「怒ってんじゃねぇか。」
嘆息まじりに呟くと少年はきびすを返して言った。
 「じゃあな。別に急ぐ旅でもねぇけどあんたに関わってる程暇でもねぇ。」
 「お・・おい十六夜!」
茶髪が黒髪を引き止めると再び黒髪は嘆息した。
 「あのなぁ飛鏡。俺等は今日食う金も今のジュースでなくなったんだ。さっさとギルドに行って仕事探さないと飢え死にしちまう。」
 「あなた達・・雇い冒険者?」
 「そうや。俺等二人共南大陸の島国出身なんや♪一緒に刀一本でどこまでいけるか〜ゆぅで村飛び出したんやけどな・・」
 「アホ。お互い独り身で村の倉庫から米盗ったのばれて追放されたんじゃねぇか。まぁせいぜいするけどな。」
 「あ・・阿呆!それ言っちゃあかんやろ!」
 「あぁ〜五月蝿い!!さっさとギルド行くっつってんだろ!?あんたもどっか行きな!」
十六夜と呼ばれる少年は苛立ちながら広場へ向けて足を進める。
少女は少しためらって十六夜を引きとめた。
 「待って!お願い・・私を助けてくれる?」
 「あのなぁ・・無償で人助けか?馬鹿馬鹿しい。」
 「お金ならある!」
 「・・・ほう?」
 「決まりやな。十六夜ギルド行く必要なくなったで。この嬢ちゃんが雇い主。さ。仕事しますか。」
飛鏡は肩を鳴らし、十六夜の横につき歩き出した。
深々と降る雪が肌寒かった・・・

・・・・・・・・・・・

温かい前菜のスープを口に運び、やがて出された芳香漂うギネマ豚のステーキが机上に運ばれる。
 「で?どんな仕事なんだ?」
 「実は探し物があるの。」
 「探し物?なんやそれ?」
 「それは・・・私の記憶。」
 「記憶ぅ〜?おめぇ記憶喪失なのか?」
 「うん。」
額に手をやり十六夜は嘆息した。厄介な仕事を請け負ったものだ。
 「名前とかは覚えてないんか?」
 「名前は・・雪華っていうの。」
雪華はそう言うと腰にかけた鞄をひっくり返す。
中から出てきたのは普通のハンカチ、普通のサイフ、普通のペンダントだった。
 「ん?ペンダント?」
古ぼけた金製のペンダントが机の上に転がっている。飛鏡は無造作にそれを持ち上げる。
傷のいった年代もののそれは、埃っぽさのある光沢をたたえ細い鎖にぶら下がっていた。
 「これは結構手がかりになるんじゃないか?」
十六夜がペンダントを覗き込む。
 「駄目やな。な〜んも書いてあらへん。写真なんかもってのほか名前さえもな。」
 「うん。私も最初はこれがにおうかな〜?って思ったんだけどさ。どうにも何も書いてないのよ。」
 「最初?そういえばおまえはどこからの記憶があるんだ?」
 「えっとね。ここから北の山で倒れてたの。気がついたらな〜んにも覚えてなくて。通りがかった馬車に乗っけてもらってきたんだけど
  さ・・・その時名前だけは思い出せたのよ。」
 「北の山・・・グランドフェーレか!?」
十六夜が驚愕の表情を浮かべると雪華は驚いて言った。
 「知ってるの!?有名な山なのね・・・」
 「有名も何もやなぁ・・・この世界の春の訪れを届ける山なんや。5年に一度グランドフィーレの頂きにあたり一面の花を咲かすんや」
 「花?」
 「『スノードロップ』。この花のつぼみがすべて開くと春が来るんや。もし一厘でも咲くことができなかったら・・・」
 「で・・できなかったら?」
 「スノードロップは神と直結している植物らしいからな。この花が咲かなかない理由は人間にある。人間が放つ、憎しみや怨念がスノー
  ドロップの開花の妨げになる。イコール神に対する冒涜とされ神は怒り、その年に春は訪れないんだ。」
 「それだけならまだしも恐ろしい役災をも訪れるって有名やで。」
 「へ・・へ〜・・」
 「ま。所詮はおとぎ話なんだけどな。」
 「おとぎ話ぃ〜?そう思ってんのは十六夜だけやで。この話は絶対マジや!」
 「あ?んな訳ねぇだろ?」
 「あん?やるんか?」
 「ま・・まぁまぁ」
とりあえずなだめながら雪華は嘆息した。この二人大丈夫だろうか?

・・・・・・・・・・

朝靄が明けぬまま、三人は首都を後にする。
とにかく手がかりになるかもしれない春の始まり『グランドフェーレ』の登頂を目指すのだ。
今日はまったく吹雪いておらず、朝日が照っている。どことなく暖かさを感じる一日だった。
 「ここから15キロ。少しペースを速めた方がいいな。」
十六夜が地図を覗き込みながら後ろからついてきている雪華を促した。
 「げ;もっと速くいくの?」
 「おいおい。女の子にはちっときついんとちゃうんかい?」
 「・・・まぁいいけどな。」
そう呟くとまた黙々と地図を見入ってしまった。
 「雪華どの辺で倒れてたんや?」
 「えっとね・・結構高いところだったみたい。馬車引きさんが言ってた。」
 「上の方か・・・こりゃ山登りを覚悟せんとあかんかもなぁ。」
飛鏡が顎に手を当てながら呟く。雪華は前方を見やった。
 「見えてきたな。」
十六夜の呟きに目を細める。霧の奥から霊峰が姿を現した。

・・・・・・・・・

霊峰・・とは誰が言ったのだろう?
禍々しくポカリと洞窟の入り口を開ける山の表面は風が吹き込み、死者の呻き声を連想させる。
 「私がここを出た時は気づかなかった・・・」
 「あぁ。ここからの道は馬車は通れないんや。ただ頂上を目指すにはここを登った方が早いってことや。」
雪華が霧隠れになった山頂を仰ぎ、耳を抑えた。
 「ッツ!」
 「どないしたんや?」
 「・・・分かんない・・変な耳鳴りがしたの・・」
 「疲れてるんだろう。少し休んでから登るか?」
 「うぅん。平気。」
そうか。と呟くと山道へと歩み寄った。ふと、十六夜が足を止める。
 「な・・・!」
 「おいおいおい・・早速かいな。」
体長5メートル。その体重は悠に人間の10倍以上をほこり、両の手には鋭い爪が見られる。
 「スノーベア・・・」
雪の魔人が数体そこに佇んでいる。雪華が後ろに下がり、十六夜が前線、飛鏡が中線に立つ。
 「戦るんか?・・・にしても分が悪いで?」
 「関係ないさ。」
 「・・・だな。」
二人で不適に笑みを浮かべる。雪華にもう少し下がった方がいいと忠告を飛鏡がかけるが言い終わらぬ間に十六夜が斬り込んでいた。
 「グァアアアアア!!!!」
魔人の咆哮に剣気で応戦しながら利き足を踏み込む。踏み込みの反動を体に活かし、衝撃を生み出す!
鞘から抜き放たれた刀身が魔人の爪の防壁を通り抜け、気合と共に胴体を切り抜いた!!
 「はぁっ!!」
刀を引き抜き、再び鞘に収める。すると上半身と下半身が切り分けられた魔人がその場に倒れ伏した。
 「おっしゃぁ!一匹目ぇ!」
 「阿呆。一頭って数えるんだ。」
嬉々とする飛鏡につっこみを投げかけ、右下方に跳ぶ。
 「任せろや!」
飛鏡が放つ手裏剣が空気を摩擦し、炎が猛る!
 「必殺!四方曼珠沙華ぇえ!!」
数瞬で2頭の魔人が燃え盛る!
一線魔人と魔人の間に隙間が出来たのを意識しながら雪華を誘導させる。
 「こっちだ!急げ!!」
 「う・・うん!」
急いで駆け上る雪華を引き、3人は魔人の襲撃を撒いた。

 「ぜはぁ・・・ぜはぁ・・もう大丈夫やろ・・?」
飛鏡が笑いながら座り込む。 
 「おい・・・耳鳴りは治ったのか?」
 「はぁ・・・へぇ・・・う・・うん。」
汗だくの雪華が頼りなげに頷くと十六夜はそうか。と一言呟き座り込んだ。
 「お?流石に疲れたんか?」
 「は。あんた程でもねぇけどな。」
つっけんどんに言い返す。
 「ねぇ・・ここでどれくらい来たの?」
 「ん?そやなぁ〜・・・グランドフェーレは高さ的には大した事ないはずやし春になったらハイキングコースとしても有名や。」
 「そう長くないってことだ。」
 「そっか。ねぇ・・頂上に着いたらどうするの?」
 「そさなぁ〜・・・とりあえず雪華が何か思い出してくれたらおぉるおっけぇなんやけど・・そういう訳にもいかんやろ?」
 「うん・・」
 「ま・手がかりがない以上少しでも可能性がある所に来てみないと始まらんってことだな。」
キィィィィン・・・・
 「あつ!?」
 「雪華!?」
耳を抑えて雪華がその場に膝を着いた。小波の様に迫り来る耳鳴りに震え、自分の中に何かが入ってくる。
女・・の人?優しい声で囁いている。
誰・・?あなたは・・・私は誰!?
帰りなさい。貴女は目覚めてはいけない・・・・
誰なの!?何・・・?辺りが白く・・・?これは雪・・?いや・・・華?
これは雪の花・・・春を誘います。
雪・・・?春と私がどう関係があるっての?
あなたも華。雪の華。春を誘います。

そこで雪華の意識は暗転した・・・・


続く

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