サンタさんは殺し屋さん。
白い雪がライフルの銃身に触れ凍えた鉄を一層と冷やして、そして消えてゆく。
5階のビルの屋上で、彼は2時間ターゲットの帰りを待っていた。
ビル・レイマー。
24歳にして闇を総括する組織『ディビル』に買われ、要人暗殺の依頼を受けている言うならば専属の殺し屋である。
15の時に両親を亡くし、路頭を彷徨っていたところ、拾われたのがその縁。
組織には恩があった。恩は返さなくてはならない。
例えそれが人道を外れたものとしても・・・
腐った街の裏を彷徨する地獄は脳裏に焼き付けられ、彼を忠実な殺し屋とさせていた。
「・・・ターゲット・・・対組織の時期幹部候補・・・か。」
懐から取り出した写真をみつめ、彼は2箱目最後のタバコに火をつけた。
「私怨はねぇが・・・死んでもうらうぜ?」
ライフルの標準をあわす。
帰宅したターゲットが窓際のコートかけに近寄ったとき、彼は躊躇することなく引き金を絞った。
男の写真にバツ印をつけた彼は、小さく胸元で印を紡ぐと男の最期に祈りをつげた。
12月のある日のことだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ビル。うかねぇ顔してるな。」
「・・・・」
高速を走る国産車の運転席に座ったビルには、助手席に座った親友を見返した。
「疲れてるんじゃねぇか?」
「いや・・・別に。」
「・・・次のターゲットは明日殺るんだろ?たしか・・・」
「オブリゴット社の会長さんだ。」
「名前は?」
「知らん。」
「名前も知らないで暗殺するのか?」
「・・・名前を知ったら躊躇してしまう。」
「ふーん・・・てめぇにも人の心が残っているとはな。」
「・・・・」
「それじゃあ俺はここで。すまなかったな、見送りさせちまって。」
「いや・・・」
「それじゃあ明日。」
「あぁ。」
友人と別れ、ビルは再び大きな車道に入って車を走らせた。
明日の早朝に仕事がある。早く帰って寝てしまおう。
新しいタバコを取り出すためにスーツの裏ポケットをまさぐったその刹那。
「―――ッッ!!」
甲高いブレーキと地面の擦れる音とが鼓膜を震わせ、ビルは突然目の前に現れた人影を一瞬確認した。
「・・・ち・・・」
一瞬の出来事だった。
人を轢いてしまったか・・・?
普段暗殺を生業としている彼は、突然奪ってしまったかもしれない命を思い、次には自責の念が襲ってきた。
(もしかしたら生きてるかもしれない!)
踏ん切りをつけてビルは車の外へと飛び出した。幸い後方に車は来ていなかった。
「おい!じいさん大丈夫か!!」
倒れている老人を抱きかかえ、ビルは彼に声をかけた。息がある。
「いったい・・・のぉ・・・」
腰をさすりながら老人はビルの顔を見返す。
「すまない・・・病院は必要か?」
「んや、心配いらん。ひかれておらんしの。」
「そうか。」
「ただ・・・」
「ただ?」
「ぎっくり腰を・・・やってしまったようじゃ・・・・;」
真紅の服をまとった老人だった。
白いひげに白い眉。この時期にこの容貌はまるで・・・
「いいか、こうなったのも若造、おんしのせいじゃ。」
「・・・ぬ・・・」
「わしはこれから大事な仕事がある。が、わしはこの通り身動きひとつできん。」
「・・・・」
「よって、わしの仕事をおんしに代行してもらうことになるがよいか?」
「・・・仕方ないな・・・」
「よし決まりじゃ!さぁ時間がない。この袋を持て!」
渡されたのは巨大な白い袋。
老人のかぶっている真っ赤な帽子を無理やり乗せられ、ビルはただ呆然としていた。
ずれたサングラス、灰になり地面に落ちたタバコの先、漆黒のスーツにネクタイ、そして真っ赤な帽子に袋。
ビルの容姿は異様なものとなり、彼はただ困惑していた。
「・・・これは?」
「いいな、わしの管轄はこの通りより南じゃ。さぁもう時間がない!詳しいことはこの紙に書いておるから見るんじゃぞ!」
しゅびっ。手を掲げ「任せた」といわんばかりの動作でそう叫んだ老人ははるか彼方にいた。
「ちょ・・・!」
「それではさらばぢゃ!!」
「・・・・」
ただ残る沈黙に身を起き、颯爽と走り去る老人を見つめるビルは動く事ができなかった。
(・・・走ってるじゃんか・・・)
無理やり握らされた紙を見てみる。
粗末だが、頑丈な紙に黒いペンで乱雑に書き込まれている。なにかの指令書のようだった。
『 任務依頼のお知らせ
12月24日
製作者トーマス=ベトソン
今年は厳寒の冬となっています。くれぐれも道路の凍結には気をつけて任務にあたってください。
例年通り交通手段に関しては問いません。自家用車を用いても、公共の交通手段を用いても構いません。
なお、トナカイの貸し出しは去年と同様、有料とさせていただきます。
ソリとの併貸が原則となっておりますので、どちらか一方の貸し出しはおこなっていません。
なお、下記に『年末年忘れ!雪の積もる温泉旅館でゆっくり過ごそう行く年来る年ツアー』
の出欠報告がありますので、出席または欠席を明記の上、年内26日消印有効で投稿してください。
No.567910829 オリゴット通り南地域管轄者宛。役職名「サンタクロース」
ターゲット:下記記載の地図に印を入れてある家。
』
「・・・なんだこれは・・・・」
半眼でその「社内文書」を見つめるビルは妙に肩にそれが圧し掛かる気がしてうなだれた。
つまりこれはおとぎ話ではなく、「サンタクロース」に当てられた依頼書・・・
しかもなにやら組織化されているらしく、最低他にもサンタは567910828人いるということである。
そして妙に狭い管轄、妙にケチくさいシステムから読み取れる。経営状態はいまひとつのようだ。
人権費がかかるのがネックか・・・
「ターゲット下記記載・・・か。どれ。」
記載された地図に、赤で「×」印がつけられている家が3件ある。
あの老人がすませたのか、元々この程度の仕事なのかはわからないがとりあえずビルは袋を持って愛車へと乗り込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・ついてしまった・・・」
社内文書に記された家の前に車をとめ、ビルは軽い後悔と今頃になって疑念が浮かんできた。
(まさかあのじいさんが騙してるんじゃないだろうな・・・)
袋の中身をまさぐってみる。
一応プレゼントが入っている。包装の中身を少しだけ垣間見してみても、中身はどうやら本物の玩具のようである。
ひとつは巨大なテディベアにリボンをとりつけたものなので、別に危険物であるとは思えなかった。
(まぁ・・・いいか。別に変なもの配るわけじゃないんだ・・・)
ビルは慣れた手つきで外門の鍵をあけ、敷地内へと侵入した。
あまり大きくない家である。
2枚目の社内文書をめくり、この家の子供部屋の位置を確認すると、ビルはそれと思しき2階の窓を発見した。
窓は閉まっている。
(隣の木がつかえるな・・・。)
懐から2本ナイフを取り出した。
割と大きめのナイフで、これを1本肩のあたりの高さの幹に突き刺し、それに脚をかけ、さらに2本目を突き刺し上へと昇る。
丁度2階くらいまで登り、屋根の部分に足をかけた。
(げ、鍵閉まってる・・・)
どうしようか。
数秒考えをめぐらせ自分が何の仕事をしているのか思い出した。
吸盤に糸をとりつけ、その先に小さなナイフを結びつけた道具を取り出しビルは窓へとあてた。
吸盤を軸にナイフで円を描くと、窓ガラスは音もなく切り取られ、小さな穴ができた。
あとは腕を差し入れ鍵を開ける。
(・・・普通はどうやって侵入してんだサンタってものは・・・)
部屋の内装は青で統一され、いかにも「男の子」の部屋だった。
乱雑におもちゃが広げられ、ベッドの枕もとには巨大な靴下がぶらさげられている。
「・・・さては父親のだな・・・」
使い古されたそれは、子供のものとはとうてい思えない。
ビルは嘆息しながら袋をまさぐりプレゼントをつっこんだ。
(さて・・・これでいいのか?)
任務を終えたビルは早々に男の子の部屋を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・
2件目は簡単なものだった。
今度は女の子の部屋のようで、ぬいぐるみを置いて家を出た。
枕もとにサンタへ宛てた手紙を発見し、これは持ち帰るべきかどうか悩んだが、結局持って帰ることにした。
少し気恥ずかしかった。
3件目の家は少し郊外にある屋敷である。
ビルは車をとめ、家の敷地へと侵入した。
(・・・番犬・・・か。)
持っていたビーフジャーキーを犬小屋に放り込み、ビルはさっさと奥へと入る。
今度も2階が子供部屋で、1件目と同じ手口で侵入する。
ただ、今度は窓が開け放っていたのでガラスを破る必要はなかった。
(寒くないのか・・・?)
部屋へ入り、窓を音を立てないように閉めてやる。
部屋は広く、綺麗に整頓されており掃除も行き届いた気持ちのいい部屋だった。
ピンク色で統一されており、いかにも女の子の部屋である。
枕もとに残り最後のプレゼントである巨大なテディベアを置いてやった。
これでようやく妙な体験も終りを告げる。
ほっとしたような少しもの寂しいような気持ちで軽く息をつき、帰ろうと後ろを振り返った。
刹那。
「お疲れ様です。」
小さな女性の声が聞こえ、ビルははっと振り返った。
心臓が踊る。任務の途中に目撃者とであったとき溢れる感情が喉元までこみあげてきた。
とっさにスーツの裏に装着した銃に手が伸び、ビルは我に返ると同時に悲しくなった。
自分はサンタにはなれない。
自分は殺し屋であるという事実はいくら子供の寝顔を見ても覆せないことがはっきりと分かったのである。
「寒いでしょう、どうぞお茶でもお飲みになってくださいな。」
物腰のやわらかい女性だった。
年は24〜5か。女性に連れられて1階に降り、リビングへと通された。
すぐに逃げれるように警戒態勢は張っておく。
「お爺様、いらしましたよ。」
リビングの揺り椅子に腰掛けた老人に促し、女性は台所へと消えて行った。
「キミは何代目かね?」
背中を向けている老人が話し掛けてきた。
暖炉に向かって座っている老人の背中に向かってビルは返す。
「いえ・・代行みたいなもので。」
「そうか。どうりで・・・若いからどうしたのかと思ったよ。」
「・・多分今夜限りだと。」
「・・・どうだったかね?「サンタクロース」をやってみて。」
「・・・変われる気がしました。」
「変わる?」
「職業柄・・・言うことはできませんが俺は汚い仕事をしています。」
「ふむ。」
「子供の・・・寝顔を見ているうちにそれから浄化される気になりました。」
「ふむ。」
「しかし・・・間違っていた。俺はもうこの世界から帰れないことを知ってしまった・・・」
「・・・・」
「明日・・仕事があります。そろそろお暇します。」
「まぁ待ち給え。」
老人が振り返った。
「キミは明日私を殺しに来るんだろう?」
ビルの頭の中で元来の「依頼書」のターゲットの写真と老人の顔が合致した。
即座に腰に備えた拳銃を引き抜き、間合いをつめ、老人の胸元にそれを当てた。
「・・・ふー・・・ふー・・・・」
息が荒い。
心臓の高鳴りを止めることができない。
ビルは血走った瞳を老人・・・いや、ターゲットであるオブリゴット会長を睨み据えた。
「なにを恐れている?」
老人が微笑みながらビルは見返した。
「キミがどうしたいか・・・よく考えなさい。帰れるかどうかは、キミ次第なのだよ?」
「・・・・・」
「私は明日キミの依頼書に書いてあるとおりの場所へ行くことになるだろう。その時まで、じっくり考えるんだ。」
「・・・・ここは引けというのか・・・・」
「キミのためにも・・・ね。」
「・・・ちっ・・・!」
拳銃をホルスターに納め、ビルは屋敷を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「答えは出たかい?」
老人はゆっくりビルを見据えるとそう問いた。
驚いたことに、老人は言ったとおりの場所に、護衛もつけずに現れたのである。
ビルの銃はすでに老人へと向けられている。
「・・・怖くはないのか・・・?」
「・・・ふむ。私は十分に生きたさ。ひ孫の成長するのを見れないのが残念だが、ね。」
「・・・なぜここに来た・・・殺されることが分かっていて。」
「さぁねぇ。殺されると思っていなかったから・・・とでも言っておこうか?」
「そんな言葉を浴びせても俺は同情はしない。」
「分かっているさ。仕事なのだろう?」
「・・・・・」
「さぁ最後の決断を取るんだ。帰るのか帰らないのか・・・・」
「・・・聞いていいか?」
「ふむ?」
「なぜ、「サンタクロース」を知っていた?」
「・・・以外な質問が出たな。」
「答えろ・・・そういうものなのか?俺は信じていなかった。」
老人は目を細め、自分の白髭をなでては小さく呟いた。
「そうさのぉ・・・・わたしは46代目なのじゃよ。」
「・・・なに?」
「46人目のサンタクロース、とでも言おうか。」
「どういうことだ・・・」
「私の名前は「トーマス=ベトソン」。全てのサンタに指令を送る言うならば46代目の総サンタクロースでな。」
「!」
「・・・行きたかったのぅ・・・『年末年忘れ!雪の積もる温泉旅館でゆっくり過ごそう行く年来る年ツアー』」
にっ。
笑う老人の瞳にビルは呑まれた。
その場に膝をつき、ビルは泣いた。
15の時に忘れた涙を、聖者の誕生日に降る雪に滲ませて・・・
「お帰りなさい。ビル。子供たちはキミを求めている・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1年後。
「ビル。退院おめでとう。」
「ありがとう。」
友人が花束を抱えて微笑んだ。
ビルの右目につけた眼帯とれないだろう。これから一生。
「まさかおまえがそんな決断を取るとはな・・・信じられなかったぜ?」
「まぁな。」
「・・・右目・・・・もう見えないのか?」
「・・・あぁ。」
「撃たれたんだろ・・・?抜けるということが組織にバレて・・・」
「・・・・」
「よく生きてたな。」
友人を車から降ろし、ふたりは挨拶を交わした。
「ビル、これからどうするんだ?退院祝いに1杯飲んでかないか?」
「おい・・・俺は病人だぞ・・・」
「よく言うぜ。30分の運転でタバコ5本吸う病人か?」
「はは・・・今日はな。正社員になった日だからな。」
「ぉ、もう仕事決まったのか?」
「あぁ。」
「なんの仕事?」
「与える仕事さ。」
End and Merry Christmas!!―――――
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