そして彼は旅立った。
「お兄ちゃん!お魚屋さんでお魚買って来て!お釣りはちゃんと返すよーに!」
ずげしっ。妹の一蹴りが、彼の背中に直撃し扉を越え、地面に落下する。
まだ痛む背中を無言で擦りながら彼は嘆息した。
嘆息・・・するしかなかった。
スタン・エルロンは一緒に投げ飛ばされた網で出来た籠を拾い上げ、呟いた。
「・・・なんだかなー・・・」
16歳、多感な歳である。
寝起きのためか、少し固まっている関節をほぐしながら立ち上がり、そろそろ正午の売り場に足を運んだ。
・・・別に不服なわけじゃない。
不満があるわけじゃない。
妹も、ああ見えて自分のことを慕ってくれている。
ただ・・・
日常が退屈でしょうがなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「よう。スタン!今日「も」リリスちゃんの遣いかい?」
「ふあ〜〜・・・・おはようございます・・・・」
「・・・もう昼なんだけどよ・・・」
「あ・・・サンマ3匹・・・まけてもらえない?」
「ん〜・・・最近厳しいんだよねぇ。収穫も減ってるみたいでさぁ。」
「・・・まけてくれないと俺が厳しいんス・・・」
「・・・・少しだけだよ?」
哀れみか同情か。大概の店はこれで折れることをスタンは知っていた。
とりあえずノルマのお使いを済ませ、スタンは近くの土手に腰をおろした。
少し高い土手は、村で働く人、遊ぶ子ども達、すべてを傍観することができる。
「・・・川・・・かぁ。」
少し山のほうに歩くと、この小川も深い清流になっている。
結構そこで遊んだり、釣りをしたりしたのだが・・・
「そーいやもう夏だからなぁ・・・いっぺん行ってみるか。」
のろのろ腰を上げ、買ってきた魚を家の前に置き、スタンは森のほうへ歩いて行った。
滝の付近、飛び上がる水しぶきがなんとも涼しげでスタンの金髪に跳ねる。
「お〜。やっぱここは涼しいなぁ。」
木でできた橋の中ごろに立ち、スタンはふと下を見やった。
滝の付近は流れが強く、結構な深さもある。
・・・・と。そこに何かが煌いてるのに気づいた。
いや。気づいた頃には身体が動く。
スタンは慌てて橋から川へとダイブしていた。
「おい・・・おい!大丈夫か!?」
ぺしぺし頬を叩きながら、叫ぶ。・・・すると・・・。
「・・・ここは?」
「・・・ふぅ。」
先ほど。川の滝付近で煌いたもの。恐らくこの少女の胸元にあるペンダントだろう。
そう。なんとこの少女がまるで死んだかのように流れに身を任せていたのだ。
「大丈夫か?なんであんなとこ流れてたんだよ・・・」
「・・・あなたは・・・?」
「俺?俺はスタン。あんたは?」
「あたし・・・・あたしは・・・・」
そこまで呟くと、突然言葉を濁す。
「・・・なんでしたっけ?」
ズルっ。身体を滑らせスタンがこける。
「なにって・・・」
「えと・・・あれ?あれ・・?あれ!?思い出せない!なんだっけ・・・?」
「おいおいおいおい・・・」
「ちょ・・・うそ・・やだ・・・」
彼女は。記憶喪失だった。
自分の名前、何をしていたのか、そして何をしたいのか。
一切を喪失していた。ただ、あるのはペンダントだけ。
「と・・とにかく村に戻ろう。誰か知ってるかもしれないし。」
「村は・・・駄目。」
「へ?」
「村に行っちゃいけない気がするの・・・お願い!あたしを助けて!」
・・・・んな無茶な。
「ん・・・んじゃさ・・・月並みだけど持ち物になにか分かることない?」
首を横に振る。う〜む・・・
「ん・・んと・・・そいじゃさ!俺の顔見たことない?ほら!リリスって子と住んでる・・・」
また横に。はてさて。
「そ・・そいじゃぁ・・・なにかしたいこととか・・・」
もいっちょ横に。
「・・・どーすりゃいいんだよ・・そのペンダントは見たことない?」
胸元のペンダントを指差し、スタンは問う。
薄汚れたそれは、少しコケがついている。・・・コケ?
どーいうことだ?川で拾ったのか・・・な?
「・・・あれ?これ・・こんなに古くなかった気がする。」
「・・・へ?」
「だって・・これ昨日お母さんに貰ったやつだもん!」
「・・・ってちょっと待てぇ!昨日?お母さん?思い出してってるじゃんか!」
「・・・あ。」
「その調子♪んで?なんで貰ったの?」
「・・・・わかんない・・・」
「・・・あ・そ・・」
そこで、俺達は別れた。
ペンダントを一時預かることにして、俺は村で情報収拾を。彼女は森で一晩考えてみることに。
そして・・・俺達は別れた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・スタン。これをどこで拾ったのじゃ・・・」
村の智恵袋、マリー婆さんにペンダントを見せたところ、婆さんは顔色を変えて俺に言ってきた。
「・・・どこでって・・・」
「どこで「拾った」と聞いておる!スタンよ!偽りなく話せ!!」
「ちょ・・婆さん?」
「これはな・・・これは50年前わしの娘にやったものじゃぞ!どこで拾った!!」
・・・・50年前?
「ちょ・・どーいうことだ!?あの子は50年前にこれを貰ったってのかよ!!」
「あの子・・・とは?」
「・・・川で出会ったんだ。このペンダントを母親から昨日もらったって子と。・・・その子記憶喪失で・・」
婆さんの杖が床を転がった。
刹那。婆さんは家と飛び出し、駆けて行ってしまう。
とりあえず・・・俺は婆さんを追いかけた。
「・・・ここで間違いないのじゃな・・・」
「・・・・うん・・・でもなんで知ってる?俺は婆さんに場所は言ってないはず・・・」
「エリー!!エリー!いるなら返事をしておくれ!!一目でいい!顔を見せておくれ!!」
婆さんが叫ぶ。・・・なんだ。知り合いなのか。
ところが。返事が返ってくることはなかった。
何度も・・何度も婆さんはエリーの名を呼びつづけて・・・そして夕方になった。
「・・・エリーはな・・・50年前の昨日・・・・いや・・なんでもない・・・」
「・・・婆さん?」
「さぁ・・・村に帰るぞい。みんな心配しておる・・・」
「・・・・」
寂しそうな背中を見つめながら、俺はしばらくそこを離れられなかった。
ふと・・・背後が気になる。
「・・エリー・・?」
「スタン・・・ありがとね。あたし・・・思い出せたよ。」
「・・・」
「・・・・あたし・・・・「死んでた」んだね・・・?」
「・・・」
「あのおばあちゃんはわたしのお母さん。50年前の昨日・・・あたしはお母さんに貰ったペンダントをして川に遊びに来た。」
「・・・」
「・・・そして・・・死んじゃった・・・」
「・・理由は分からない。思い出せない。でも・・・川で突然足を引っ張られた気がしたの。」
「・・・足?」
「うん・・・。でももういいの。お母さんに一目でも会えたから・・・。」
突然・・・昔長老が言っていたおとぎ話がフラッシュバックする。
『村の近くに化物が住んでいる。そいつは人を川の底に引きずり込む化物じゃ。名は・・・』
だんっ!!横飛びにスタンは跳躍する。・・・と同時!!
抱えたエリーの立っていた場所をなにか細長いものが抉り取る!
「・・・出やがったな!化物・・・リバークラーケン!!」
川に巣くう、クラーケン。
10本の腕をうねらせ、そいつは滝のそこから現れた。
「・・・こーいうのもなんだけどな・・・エリー!あんたの仇とってやる!」
「ちょ・・スタン!?」
そーか。そーなのかもな。
俺は平凡な日常が嫌いなわけじゃない。
リリスに毎朝叩かれ起こされ、お使いを言われて。
ん・で、アホのバッカスとバカやったり。スカタンとか言われたり。
・・・けど。この時俺は・・・笑っていたと思う。
俺が望んだもの・・・
到底田舎ものにはそぐわない・・・
冒険心だったんだ。
「はぁああああ!!!魔神剣!!」
橋から川へ、滑空する斬撃がクラーケンを襲う。
迫る触手を掻い潜り、15斬り合い。俺はついに化物の頭に剣を突き立てた。
悶絶するクラーケンは、剣が刺さったまま川の中へと戻ってしまった。
その後・・・ヤツがどうなったかは知らない。
「はぁ・・・はぁ・・・エリー。」
「・・・!」
少し涙ぐんだエリーに親指を突き出してスタンは笑った。
「・・・また・・・会おうな!」
そして・・・彼女は頷きながら消えていった・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「魔神剣!飛燕連脚!虎牙波斬!!!!」
黒髪の少年が相棒を振るい、魔物を一薙ぎにしてゆく。
「どうしたバカモノ!!剣が鈍っているぞ!!」
「リオン!後ろ!!魔神剣!」
「・・・余計なことを・・・」
「へ〜ん♪修行が足らないよーだ♪」
「・・・・」
「あべべべべべ!!!????」
リオンの取り出したリモコンを感知し、俺のティアラが電流を発する。
・・・トホホ。
思えば。エリーが俺を旅にかり出してくれたのかもしれない。
旅に出た俺は・・・リオンに出会って。フィリアと出会って。たくさんの人に出会って。
・・・そしてルーティと出会った。
そー思うとなんだかエリーに感謝したくなった。
そだな。また・・会おうぜ。
エリー。
END
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