〜悪戯日和〜

キールの日記
火晶の月の15日。天候いたって良好。
僕達は今迷っている。月も昇り辺りは月光で照らされている。
こんな夜は本でも読みたい。
王都インフェリアを北上した森の中、あのバカが地図をなくし七宝塞がりになってしまった。
さっさとこの森から離れたいってのにどうなっているんだ?
なにか・・禍々しいものを感じ

彼の日記はここで途切れていた。

・・・・・・・・・・

 (ん・・・なんだ・・?いつの間にか寝てしまったのか・・?)
キールが毛布の中で身をよじらせながら顔に手をおいた。
なびく青髪は少し埃っぽく、指に絡みつく。
青髪。青には違いはなかった。
いつのまに誰が毛布をかけてくれたのだろう?おかしい。今日は僕が見張りのはずだ。
何故テントの中にいる?それに・・・横で寝ているのは・・・
彼が発狂するまで数秒かかった。

 「なななな・・なんだ!?どーした!?」
ガバッ。すぐ右の毛布の中から人影が盛り上がった。
碧の髪が印象的で、活発そうな少女。
 「バイバ・・クィッキー?どしたか・・?・・・・・・」
 「・・・・クィッキー今喋ったよ!!?」
 「ぼぼぼ・・僕はキ−ルだ!!なんでおまえが横で寝てるんだ!?って離せ!その手をどけろぉお!!」
手。自分の体の4分の1ほどの大きさの手がキールをむんずと掴み上げている。
キールは思わず尻尾を振り上げた。
 「・・は?尻尾?」
キールは再び発狂した。
 「クィッキーやっぱ喋ってるよぉ!!どことなくキザっぽくて青臭い感じがキールにそっくりな!」
 「おまえ・・そんな風に思ってたのか・・」
 「どーいうコトだよ。なんで俺がテントにいるんだ?大体見張りだったはず・・ん?」
慣れないヒラヒラした服をまとっている。これは・・・
 「ファラ・・の?」
 「ファラ何言ってるかー?ファラは始めっからここで寝てたよ?」
 「ふぁらぁ??俺をどう見たらファラに・・・げ。」
無造作に転がっている手鏡を除いた彼は唸った。むしろ沈黙。
 「へっくち!!何〜?なんで私外にいるの?」
テントの中に顔を突っ込む自分がいる。キールはひたすらにめまいを覚えた。

・・・・・・・

 「こんなことってあるのか!?」
青い毛並みを逆立て、キールは叫ぶ。
 「知らねぇよ。どーなってんだ?一体・・」
愛嬌のある碧の瞳を思いっきり垂らして眠さをリッドが強調した。
 「困っちゃったねー。」
くまの出来た不健康そうな顔に絡まった深い蒼の髪を整えながらファラは呟いた。 
 「中身だけが入れ替わったって言うのか・・?そんなこと科学的にあり得ない!」
 「バイバ!クィッキー難しいこと言ってるよ!」
 「僕はキールだ!何らかの原因でクィッキーと入れ替わったんだ!」
 「で・・俺はファラで・・」
 「私はキール・・・」
 「ってちょっと待てよ。じゃあ俺の中には誰が入ってるんだ?」
 「さ・・・さぁ・・・」
テントから飛び出したリッドを追うようにキールは外に飛び出した。
月の光を浴びたリッドがそこにはいた。情熱的な瞳は月を映し、髪は風になびく。
女性が見たら一発で惚れてしまうその横顔を寂しげに影を入れ、呟いた。
 「クィッキー。」
リッドはその場に倒れ伏した。

 「とりあえずこれからどうするかを考えよう。」
 「どーするの?」
うぅむと考えるような仕草を取る獣が愛らしい。キールはメルディが瞳を輝かしているのを黙殺し、呟いた。
 「そうだな・・・やはりなにか原因があるはずだ。晶霊が絡んでいると考えるのが妥当だろう。」
 「その辺捜索すっか?その辺にいるかもしんねぇぜ?」
 「・・それはどうかな。晶霊は元来人に姿を見せるものじゃない。闇夜で人間が一人の晶霊を探す事は至難の業さ。」
 「じゃあどうするの?私当分リッドで過ごすの?」
 「そうだぜ。ファラの体じゃ最大まで飯が食えねぇ。胃袋の比率が違うんだよ。」
 「こんな時に知的になられてもな・・・」
メルディにかかえられたままのキールは半眼でうめきながらメルディを一瞥する。
少女は機嫌良さそうな表情のままキール(青)を見ている。
 「な・・なんだよ。」
 「はいな♪クィッキーな・・・」
 「あの動物がなんだってんだ・・・」
 「今朝虫食べてたな。」
キールは嘔吐した。

・・・・・・・・・・・・

翌朝、キャンプ地に朝日が差し込んだ。とりあえず一夜を明かした一行は対策を考える。
 「一晩考えて得た結果だ。皆聞いて欲しい。」
今だ獣のままのキールが眠たそうな一行を一瞥し、簡潔に述べた。
 「打つ術なしだ。」
 「あっはっはっは♪」
袋につめた持ち運び式のテントに腰掛けたリッドがすぐさま剣に手をかける。
慣れない感触がファラのものである手に伝わってきた。
 「何者だ・・?」
 「皆苦労してるみたいだね〜。それでこそ僕もやりがいがあるってもんだよ。」
 「晶・・霊?」
呑気な子供がそこには立っていた。
高い大木のひとつの枝に、まるで重力を無視する形で枝の下側に突っ立っている。少年は掛け声と共に地面へと降り立った。
 「やぁ。どう?仲間の体に入ってみるってのは?」
 「てめぇの仕業ってのか・・?」
 「う〜ん。お兄ちゃん凄んでみても顔は可愛いんだね。くすくす。」
 「てめぇ・・・」
 「リッドやめなさい。ねぇどうしてこんなことするの?お姉ちゃん達困ってるの。」
 「お姉ちゃん不健康そうだね♪ちゃんと頭洗ってる?」
 「う・・・うるさい!」
キールが紅くなって否定する。
 「ま。貴重な体験せいぜい楽しむコトだね♪じゃ・・」
 「待って!」
メルディが呼び止めると少年はビクっと肩をすくませ振り返る。
 「どしてメルディだけ何もしない・・?」
 「・・・・別に・・・・」
 「・・・いいよ。チャンスあげる。今日の日が落ちるまでに僕を捕まえなよ。そしたら元に戻してあげる。」
 「てめぇ・・・今すぐ戻せよ。」
 「待て。夕刻までにだな?」
 「へへ♪範囲はこの森。夕方過ぎれば強制的に森の外に出して結界張っちゃうからそのつもりでね♪」
 「あ・・待て!!」
巻き起こるつむじ風と木の葉に巻かれ、少年の姿の晶霊は姿を消した。
 「くっそ〜・・あんガキぃ・・・ぜってぇとっ捕まえてやる・・・!」
腕をめくりながらリッドがとてつもない形相を浮かべるがファラの一言でかき消される。
 「下品な顔しないでよ・・・」

 「いいか?晶霊といえど思想は子供。知能戦に持ち越せば勝てない敵じゃない。」
青い生物が腕組みしながら目を光らせる。
 「いいか?ようはおびき出せばいいんだ。」
 「キールどやってか?」
 「簡単なコトさ。罠を張るんだ。」
 「罠・・・だ?」
 「どんな罠?」
 「問題はそこだ。晶霊に効く獲物ってあるんだろうか・・?」
 「あぁ罠なら任せな。俺の土俵だぜ。」
ファラ(リッド)が両手を鳴らしながら前へ歩みでた。キールは感嘆の声をあげながら握りこぶしを作る。
 「そうか!流石猟師!任せたぞ!」
 「おうよ。」

・・・・・・・・・・・・・

 「・・・なんだこれは・・?」
 「あ?罠。」
地べたに置かれた肉の横に棒で編み籠が設置されている。
・・・低俗なブービートラップを眺めながらキールは呟いた。
 「こんなのにかかるのはおまえみたいな万年ハラペコぐらいだな。」
 「クィ〜〜!?」
 「あ。クィッキーが罠にかかったよ。」 
頭に編み籠を乗せたリッド(クィッキー)が肉を離すまいともがいている。
ファラは嘆息した。

 「あっはっはっは♪そんなので僕を捕まえるの?何それ?籠??あはははは〜〜♪」
 「あ!てめぇ!!」
木の上で笑いこける晶霊を見上げながらリッドは歯軋りした。
 「ようは捕まえればいいんだろ!?いくぜっ!」
リッドが木の根元まで跳躍し、腰に手を当てる。
腰に帯びた剣の柄を掴み、魔神の極意を叩き込む!!
 「いくぜ!魔神・・・・ってなんじゃこりゃああ!!?」
右手に掲げた丸い半球に柄がついたものを見ながらリッドは叫ぶ。
 「あ。お玉そんなところにあったんだ!」
キール(ファラ)が驚いたように目を開きながら口許に手を当てた。
 「探してたのよね♪な〜んだ鞄に入ってたのか!」
 「リッド・・掲げたお玉が空しいぞ・・・」
 「あははは〜♪何?お玉どーするの?」
 「ぐっそ・・・俺の剣は!?」
見渡す。辺りを180度睨みながらリッドの視界に見慣れた姿が飛び込む。
リッド(クィッキー)が右手に剣を持ち、晶霊を睨み据えていた。
 「バ・・バイバ!?クィッキー!」
 「ど・・どうする気なんだ!?」
赤毛の剣士が闘志を沸き起こす。一流の剣士にのみ発すことができる気「剣気」を弾かせながらクィッキーは剣を握り締めた。
 「クィ・・・・クキュキュキュ・・・!!!」
 「クィッッッッッキィイーーーーー!!!!!」
 「投げるんかい!!」
放りなげられた剣が弧を描きながら飛翔する。
 「ちょっと待て・・!この軌道なら・・!」
 「あ・・当たる!!」
 「げ。」
晶霊が逃げようと身を乗り出す。・・が、一度体制を崩した体は成す術なく枝上から転げ落ちた。
 「うわぁあああ!!??」
 「危ないっ!」
反射的に晶霊の下に影が飛び出す。メルディが寸前の所で小さな体を地面への衝撃を妨げた。
 「メルディ!そんな奴助けてる場合か!?」
 「でも・・キール落ちたら怪我しちゃうよ!」
 「いいから捕まえろ!それが条件なんだ!」
 「あ・そか!」
メルディが体を起こし、前方を見やる。時すで遅し、晶霊は遠くの方で舌を出していた。
 「そう簡単には捕まらないよ!・・・助けてくれたのはお礼言うけど・・」
 「あ・待て!逃げんな!」
 「リッド!追うんだ!ここで撒かれたら探し様がない!」
 「おう!」
木に突き刺さった剣を引き抜き、ファラ(リッド)が駆ける!晶霊との距離が狭まってゆく!
 「げぇ!お姉ちゃん速いねぇ!」
 「誰が姉ちゃんだ!」
辺りに茂る草木を剣で振り払いながら晶霊を追い詰める。やがて崖に差し掛かった。
 「へ・・もう逃げ道はねぇぜ。」
 「そうだね。」
少し遅れて後方からキール達の声が響いた。
どうやら追ってきたようだ。
 「でかしたぞ!リッド!」
 「さぁ元の姿に戻して!」
キールとファラが息を切らせながら攻め寄る。
すると。右後方にただならぬ殺気が肌を刺した。
リッドは戦慄し左に飛ぶ。
 「ち・・・ベアだ・・・」
大型のベアが眼をギラつかせながらそこに佇んでいた。
 「くそ・・!この坊主捕まえなきゃけねぇのに・・・!」
 「リッド!先にこっちをどうにかしないと!」
 「分かってるけどよ!ファラ!!この体じゃ剣が上手く使えねぇんだよ・・!」
 「困ったね・・私もこんな華奢な体でなかったら・・・」
 「悪かったな!」
 「バイバ!危ない!!」
降りかかるベアの爪撃を慣れない手つきでリッドが受け流す。気迫と共に蹴撃をベアの巨体に食い込ませた。
ベアは数瞬悲鳴を揚げたがさして効いた様子でもない。リッドは後方に下がり、体制を整えた。
 「ち・・・!丈夫な体してやがる!」
 「バイバ!キールあの子逃げちゃうよ!!」
 「な・・待て!」
キールが小さな体を跳ね、晶霊の子を追う。それに続いてメルディも駆ける。 
 「ファラ!ベアのほうは任せる!僕達があの晶霊を捕まえるから!」
 「うん!任せたよ!」
杖を握りながらファラが促した。

・・・・・・・・・

 「ま・・待て!」
 「待たないよ〜〜♪」
晶霊が幼い表情を浮かべながら走り抜ける。後ろを向いたまま走るがその速さは尋常ではない。
 「くそ・・!見失う・・・・!」
 「キール!晶霊術使うよ!」
 「む・・無理だ!僕のC・ケイジはファラが持っている。単体じゃ大した術も使えないだろ?」
 「そうそう♪大体この僕に晶霊術は効かないよん♪ってどわぁあああ!!!???」
前のめりに転がる。晶霊は悲鳴を上げながら坂を転がって行った。
 「こ・・こけたのか・・?晶霊のくせに・・・」
 「キール!あっちは谷だよ!!」
 「な・・何!?」

 「つつ・・・やっちゃった〜・・」
幼い晶霊が谷の崖の小さな足場に背を任せながら呟いた。
下では急激な川が流れている。落ちたらただではすまないだろう。
 「おい!大丈夫か!?」
上方からキールの声がする。
 「今助けるからな!」
メルディが続いて叫ぶ。
一瞬彼女が自分を助けてくれるという妄想が走るが一瞬で否定した。
そんなハズはない。他人が自分のために・・ましてやついさっきまで追っていた相手に・・・
 「おい!メルディ無茶するな・・!」
 「キール!紐しっかり結んどいてな」
 「お・・・おい!」
へ・・?我ながら間抜けな声を出したものだ。晶霊は上を見上げた。すると。
 「今行くからな〜」
腰に紐を巻き、崖を降りてくるメルディの姿が飛び込んだ。
 「ふぅ・・やっと着いた。もう大丈夫よ♪」
 「・・・・・・」
 「バイバ!?どこか痛むのか?」
他人に涙を見せたのはいつ振りだろう?幼い晶霊は大粒の涙を零していた。

・・・・・・・・・

 「ふう。やっぱ自分の体が一番だな。」
リッドが肩を鳴らしながら呟いた。
 「もう。リッドもうちょっと丁寧に扱ってよね〜。あっちこっち痛むじゃない。」
 「そういうファラも・・僕の体をなんだと思っている?手首があらぬ方向に曲がってるぞ?」
キールが顔面蒼白にしながら包帯を見やる。
ポッキリいった手首が痛々しい。
 「キールもうちょっとカルシウムとってよ。」
 「それが謝るセリフか!!」
 「ねぇ・・どうしてこんなことしたの?」
 「変わり身早っ!」
ファラが晶霊の顔を覗き込むように尋ねる。
すっかりメルディに懐いてしまった晶霊はメルディの影でぼそぼそと呟く。
 「え?何?聞こえない?」
 「えやぁ!!」
晶霊が叫ぶと右の人差し指から閃光を発した。
閃光を受けたリッドが悲鳴をあげる。
 「リッド!」
 「ってなんじゃこりゃあああ!!!???」
大事そうに掲げた剣が香ばしい香りを立てている。
ベア肉と化した刀身を振り回しながらリッドは激怒する。
 「こんがきぃいい!!!!」
 「あはは♪丁度日没。お兄ちゃん新しい剣を買うことをオススメするよ♪」
 「てめぇ!!戻せ!!」
 「メルディ姉ちゃん!また・・遊びに来てね?」
 「はいな♪」
メルディはそう微笑むと、幼い晶霊が森の中へと駆けて行く。
一瞬止まり、幼い顔を満面の笑みを浮かべ少年は言った。
 「僕の存在理由はイタズラだからね♪また遊んでね。」

・・・・・・・・・

 「おい・・!信じられない!あのガキ・・いやあの方があの人だったなんて!!」
キールがレオノア全集を掲げながら呟いた。
 「あ?昨日のガキか?」
 「ガキって言うな!あの方を誰と思ってるんだ!?」
 「イタズラ好きな晶霊の子供じゃないの?」
 「違う!存在理由がイタズラと聞いてピンときたんだ!メルディもとんでもない奴に気に入れられたな。」
 「はいな?」
キールは文字に目を沿わせながら読み上げる。
 「いいか?イタズラを得意とする人物がいる。古代神話で登場する、オーディンに仕えし者だ。」
 「ちょっと待ってよ!オーディンって・・あの子何者なの?」
 「今から言う。イタズラの神と呼ばれたその子供はイタズラを巻き起こしながらもいくつもの村村を救ったと記されている。」
 「だ・・誰だよ・・・・」
 「『悪戯神ロキ』だ・・・」
一行がこうりつく。無理もない。つい先日会った人物が晶霊をはるかに越えた存在神であったのだ。
 「そうか・・すっかり人間はロキに対する信仰が薄れていったんだ。自然、忘れられた存在となってしまう。」
 「寂しかったんだな・・・」
メルディが俯きながら呟いた。
足の上でクィッキーが寝息をたてている。
 「そか・・ま・そのうち顔でも出してやるか?」
 「ああ。今の僕達はグランドフォールを止めるという使命がある。すべて解決したら出向いてやろう。」
 「ん・・?なんじゃこりゃ?」
リッドが口の中に手を入れ、呟いた。
 「昨日からずっと歯に挟まってやがったんだ。やっと取れやがった。一体なんだったんだ?」
 「も〜リッドったら歯磨いてよ。」
リッドが口から手を出し、その掌に乗せられた長細いものを見て蒼白になる。
 「バイバ!!リッドの口から虫の足が出てきた!!!!」
 「リッド最低!!」
 「い・・いくらひもじかったからと言って・・!見損なったぞ!リッド!!」
 「ちっがぁああう!!!このポットラ・・・!!!」
リッドがクィッキーを振り回すが、とうの動物は静かに寝息を立てていた。
月夜に少年のシルエットが浮かんだ気がした。
 
 「へへ♪また遊びに来てよね♪」

神の声が闇夜に響き、一行の夜は更けていった・・・・・

〜END〜
 

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