.hack//原点始語

 



オレンジの蛍光灯が優しくモニターを照らしている。
見慣れない回覧式のメールが受信BOXに表示され、彼女は訝しげにそれを読み上げた。
『当CC社は、次世代Onlineゲームとして、『The World』のダウンロードサービスを全国的に開始いたします。
 幾度に渡るモニターテストを繰り返し、より精密なものへと完成を経た『The World』の世界をお楽しみください。』
口内で口早に読み上げると、彼女は軽い気持ちで表示されたURLをクリックした。

物語は・・・ここから始まったのかもしれない。


.hack//原点始語。
・・・・物語は彼女の衝動で廻り始める・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・

ルートタウンと呼ばれるフィールドで、彼女は立ち往生していた。
 「う〜ん・・・まいったわ。なにをどーすればいいの・・・」
左頬に紋章、ゆったりした呪紋使いの服装、うなじでまとめた髪が揺れる。
PC名「ユキ」はリアルな仮想の空を見上げながら嘆息した。

 「・・・ゲートの入り口で呆けないでくれないか。」
背後で声がする。
 「あ・スイマセン〜;」
 「・・・素人か。」
軽くあしらう男に軽くむっとしつつ、ユキは笑みを作って男を引きとめた。
 「あたしその素人なんですけど〜。色々教えてくれません?」
 「・・・・」
不自然な笑みにたじろぎながら男は呟く。
 「・・・・私に・・・か?」
 「そ♪・・・にしても派手な格好ねぇ・・。あなたがエディトしたの?」
 「ほ・・ほっといてくれ!」
 「はいはい。・・・で?こっからどーすればヨイノデスカ?」
 「・・・そこのカオスゲートからダンジョンに行くんだ・・・ったはず。」
 「はず?」
 「そら!行くぞ!ワードは・・・「Δ隠されし 禁断の 聖域」!」
カオスゲートに手を触れ、口早に呪文のように唱える。・・・すると。



 「・・・どこ?・・・ここ。」
 「・・・ダンジョン・・・なのか?とにかく行くぞ。」
長い、石橋から望む巨大な建物。
まるで「ダンジョン」といった感じを見せないそれはどこか神聖で、どこか邪悪だった。
 「・・教会・・かなぁ?」
呟くと、先ほどの男がすでにずんずん橋を渡っていくのに気づき、ユキは慌ててあとを追った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「・・・驚いた・・・こんな場所があったのか・・・。」
感嘆の声をあげた男の横顔を見つつ、ユキも一緒に呆ける。
 「・・・おっきー・・・女の子の像?」

広いエントランスの奥にそびえる巨大な像。
近くの柵まで近寄り、ユキは見上げた。

 「・・・優しそうな像だな。」
男が呟いた。
 「先を見据えて、なにもかも包み込むような風貌・・・。どこか安心する。」
 「・・・そうかなぁ?」
 「・・・なに?」
 「あたしは違うく見える。なんか寂しそう。独り、ずーっとここで何かを待ってるみたい。」
 「待っている?」
 「うん。微妙に光沢で・・かな?泣いてるように見えない?」
 「いや・・・微笑んでるだろう?」
 「え〜・・・そう〜?」
 「意見が合わんな。」
 「だね。」

暫しの沈黙。男は軽く嘆息すると、
 「先ほどは無礼な挨拶すまなかったな。私の名はバルムンク。よろしく頼む。」
 「うん。強いの?」
 「・・さぁな。」
 「弱いのにそんな派手なかっこじゃ割にあわないからね?」
 「・・・・・言ってろ。」

 「・・・。おまえの名は?」

ん?横目でそう呟くと、


 「ユキだよ。」


そして、あたし達は別れた。
また今度はパーティを組む約束をして・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「アレ?メールが届いてる。」
ALTIMITのトップページを作動し、ユキは新着メールがあるのに気づいた。
 「あ。バルだ。・・・ともう1通・・・誰これ?」
文字化けしていてまった読めないそのメール。多少気味悪がりながらも、どうにかこの一文だけ読み取れた。」

 『私の元に来る』

化けててよく分からない顔アイコンはどことなく・・・
どこかで見た気がした顔だった。



 「ってなメールがあったのよぅ。どう思う?」
 「・・・いたずらじゃないか?」
腕組みしたバルムンクが愛想なしに呟いた。 
 「そんなじゃないと思うけど・・・『助』って言う字とかあったんだよ?」
 「すけ?」
 「たすけ!・・まったく・・・真顔でボケないでよ・・・」
 「まぁ、だからといって特になにもできないだろう?」
体重を預けていた石壁から離れ、バルムンクはマントをひるがえして放った
 「行くだろ?」
 「・・・もっちろん!今日はあたしの武器探すの手伝ってね〜?」
 「・・・大人しく武器屋で買えよ・・・」
 「お金ないんだもん。そら行こ〜♪」
意気揚揚とカオスゲートに触れるユキを見、ふたりはランダムで発生させたグレードの低いダンジョンへと向かった。



 「ば・・ばばば・・・バクドーン!」
ユキの掲げた杖から、炎の魔力が噴出し、小型のザコモンスターを焼き滅ぼす。
同時に跳躍したバルムンクの剣撃が、もう一体のモンスターを斬り落とした。
 「大分戦闘にも慣れてきたな。」
 「びっくりするから苦手ですわ〜。」
まだ収まらない動悸を整えつつ、ユキはその場に座り込んだ。
 「ほら。多分この先の部屋にアイテム神像がある。さっさと取るぞ。」
 「ちょっと休憩!」
 「・・デジタルで疲れるのか・・」
 「まぁ高度経済成長期ですから。」
 「意味がわからん・・・」
半眼でユキの横に座り込み、バルムンクは嘆息した。
 「・・・やっぱ・・気になる。」
 「・・・え?」
 「あたし、アイテムとったらこないだのダンジョン行くね。」
 「・・・像があった場所か?」
 「うん。なんか・・行かなきゃ後悔する。」
 「・・そうか。」
 「というわけで、先にゲートアウトするね?アイテムもらってもいいんだよねぇ。」
 「・・・あぁ。持ってゆけ。私はもう少ししたら帰るよ。」
 「うん。」
すっくと立ち上がったユキは、軽く会釈すると隣の部屋に入ってしまった。
そのまま・・・戻ってくることはなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・

 「・・・やって参りました!噂の女の子のダンジョン!」
ゲートインした地点で腰に手を当て仁王立ちになるユキ。
こくり。軽くつばを飲み込み、一歩を踏み出した。

重い石造りの扉が開く。
中は、前と変わらない静けさを漂わせていた。
ただ、前より多少暗い・・・。
 「別に・・・なんもないわよねぇ?」
両手で杖を構え多少警戒する。
変わらない部屋。忽然と浮かぶはずであった巨大な少女の像。

しかし・・・そこからはなにかが変わっていた。

 「!?」
驚愕の声を出そうにも、次の衝撃がユキの声を阻んでいた。

ズガァアアアアアン!!!

巨大な鉄球が、ユキの立っていた場所を徹底的にえぐり取っていた。
 「誰!?」
横投げに交わし、転倒した体を起こすとユキは言い放つ。

それは・・・まさに「悪魔」だった。
禍々しい邪なゴーレム。ひょろっぽい体に不似合いな巨大なモーニングスター。
体中、鎖で絞められ、それは鎧の役目を果たしているようにも見えた。

横目で少女の像を確認する。
変わっていた。
まるで、目前の悪魔のように、鎖でがんじがらめにされている。
その双眸は、

確かに泣いているようだった。


 「あなたの・・・仕業?」
きっと睨み据え、ユキは杖を構えた。
悪魔は黙して上段に鉄球を構えている。
 「よく分かんないけど・・・許さない!」

そこで、エンカウントのモーションが流れ、BGMが変更された。


とにかく間合いを詰めるしかない。
モーニングスターのリーチの長さは先ほど身をもって実感したし、この距離で太刀打ちするにもできない。
本来、呪紋使いとしては後衛で呪紋の詠唱に集中したいのだが、この場は1対1。
バルムンクがいるのならまだしも、今詠唱を始めることは無謀とした言えなかった。
 「きぁあ!?」
前走りに突進する。・・・が、悪魔の放つ鉄球がユキの横すれすれを通り、背後の壁を爆砕した。
 「こ・・こわぁ・・;」
杖を抱くように構え、このまま突進することに多少躊躇する。・・が、
 (迷ってる場合じゃない!)
胸中で一喝いれ、ユキは再び駆け出した。
間合いが詰められ、巨大な悪魔は標的を見失う。
・・・のを引き金に、ユキの杖の先端が悪魔の下顎を捕らえていた!

 「てぇいっ!これでも中学の頃体育で薙刀やったんだからね!」
妙な自信にえばりながら、転倒する悪魔を胸を張って見下す。
 「それがさー。ちょっと聞いてよ。その先生がえんらい恐い引退ギリギリのおばあちゃん先生でね?体操服忘れた日にはもう罰則がひど
  いは連帯責任でグランド走らされるわでもー大変!今時ヒンズースクワットは膝の関節に悪いから時代遅れだってのにねぇ?そんでさ
  ー。高校の先生もひどいもんなのよ!時代錯誤ってゆーか?なんであんなに体育教師って・・・」
長々語り出すユキは、まさに隙の塊。
悪魔は鎖を振るい、見事ユキは宙吊りにされてしまった。

 「・・・嘘ん。」



手をかざす。
何をするのか・・・ユキには分からなかった。
ただ、目の前の悪魔が掌をこちらに見せているだけ。
手首を中心に、ホログラフの何かが展開する。
角のような・・・傘のような・・・
まるで掌を主砲にした大砲を連想させる。

それは・・・ゆっくりと光を生み出し・・・

ユキを無へと誘っていくのだった・・・。



すべてが・・・・消え・・・・・・・・・・・・・・




ガギィイイイイイイン!!!!

耳に響く金属音とともに、突然ユキは浮遊感に襲われた。
落下時に垣間見えた鎖。
先ほどまで自分を束縛していたそれは、まっすぐに絶ち斬られていた。
地面への衝撃が来る。・・・と思い、歯を食いしばるが、その必要はなかった。
 「・・・大丈夫か。」
静かな声で・・彼は言った。
 「バ・・・バル!?」
 「今・・・見たら・・・私のところにもメールが来ていた。急に心配になって・・な。」
ユキを地面に下ろし、バルムンクは剣を構えた。
 「こい!悪魔!」

斬り合うこと10撃。
幾度、バルムンクの体に鉄球がヒットしただろう。
それでも、悪魔は傷つくことはない・・・。
 「お・・おかしい・・・攻撃が・・効かない!!」
剣を振るい、ただ悪魔の攻撃に耐えるしかないバルムンクは口惜しそうにうめいた。
 「そ・・それに見て!名前の表示がバグってる!HP・・・無限!?」

そうなのだ。
なにかが違っていたのは決定的である。
その悪魔は・・・・
HPが「なかった」のだ。

ギィィィィン!!!

バルムンクの剣が弾かれ、壁に突き刺さる。
これまでか・・・
バルムンクが呟き、悪魔の先ほどのホログラフが展開し・・・



終わった。すべてが。
放たれた閃光は、まるでコンピュータウィルスのようにその体を貫き、分解し、侵食する。
突然の無気力に襲われ、その場に倒れこんだ。
結った髪が舞う。

悲鳴をあげたのは・・・・バルムンクだった。


 「ユキ!!しかっかりしろ!!」
力なくうな垂れるユキを支えながらバルムンクは叫ぶ。
 「バルが・・・残んなきゃ・・・あの子助けられないでしょ?・・あたしは・・・・ちっと先に帰るから♪」
 「馬鹿者!!正体不明な敵なのだぞ!?データが狂うかもしれない!」
 「だいじょぶ・・・だいじょうぶ。それじゃ・・・明日今日と同じ時間に・・・ゲートで待ってる・・・ね。」

ログアウトの時とは違う・・・
まるでその体が砕けて砂になる印象を受ける形で、ユキはバルムンクの前から姿を消した。


 「・・・許さんぞ・・・」
悪魔を睨みすえる。
なぜか動こうとしない悪魔を目線で制圧しながらバルムンクは剣の元へと歩む。
剣を引き抜き・・・構え・・・

 「私は蒼天のバルムンク!!覚悟しろ!!!」


巨大な教会に金属の音がなり・・・・


バルムンクの視界は暗転した。


『SYSTEM ERROR』

黒の画面に、赤の文字が際立ち、突然バルムンクは現実の世界に放りだされてしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・

 「・・・それでどうなったんだ?」
相方オルカが真剣な眼差しで疑問を投げかけてくる。
 「・・どうもしない。あのあと大々的なサーバー落ちがあってな・・・。1ヶ月くらいログインできなかった。」
 「・・・ユキ・・は?」
 「・・・それ以来見ていない。どこへ行ったのか・・・どこに居るのか・・・」
 「元気にしているといいな。」
 「・・・ああ。」

仮想の青空を見上げ、バルムンクは嘆息した。
今もどこかで・・・ユキはこの作り物の空を見上げているのだろうか・・・。




 


 「・・・あれぇ?君初心者だったりする?」
 「えぁ・・・そですぅ。もうなんだかよくわかんなくって;」
 「へ〜。見たところあたしと同じ呪紋使いみたいね♪名前は?」
 「はい。ミストラルっていいます〜♪)^o^( えっと・・お姉さんは?」
 「え?あたし?」

ふと、空が気になり彼女は大きく空を仰いだ。
作り物の空気を吸い込み、しっかりとした口調で呟いた。







 「ユキだよ。」





End. And beginning....

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