〜Endless Dream番外 この晴れ渡る空の元で。〜



 「行ってきま〜す♪」
意気揚揚と玄関の扉を開け、彼女は飛び出していった。
7時20分。遠い学校に通っているためか、家を出る時間帯が早いのだがこれもなかなかゆとりのある時間でもない。
 「ちょぉぉぉっっと待てぇ!!」
家を出て数十秒後。
男が息を切らして駆け寄ってきた。
 「あ・お兄ちゃん。早くしないと学校に遅れちゃうよぅ。」
 「・・かばんも持たないでどこ行くつもりなんだよ・・・」
 「・・・あ」
彼がその日、彼女の顔を見たのは最後であった。
その日、彼女・・ミチルは家に戻ることはなかった・・・。

 『我らが魅入った世界。テイルズ。今・・・夢の橋を渡りてゆかん。』

聞き慣れない声がなんでもない日常に反響する・・・朝日は今日も忙しないこの町を照らすのだった。

・・・・・・・・・・・・・

ガバァアア!!
ミチルは勢いよくその体を起こすと、あたりを伺った。
 「・・はれ?ここ・・どこ?」
黒い髪を両耳の下あたりでくくり、真っ黒な瞳は忙しなく辺りの様子をうかがっている。
見慣れぬ世界があたりに広がっている。
確か・・自分は学校に向かうべく家を出て・・
電車に乗って、バスに乗って。
誰か・・変な人にあって・・・
分からない。見事にその部分の記憶が断裂しているのだ。
 「・・・どうしよう・・学校に遅れちゃうぅ・・・」
てしてし乱れた髪を整えながら彼女は立ち上がった。
森。緑豊かな森だ。
日本にこのような自然が残っているのだろうか?
まるで作られたかのように草々と茂る草木を踏みしめながら彼女は歩き出した。
・・・と。
カサカサカサ・・・
乾いた音が右前方から聞こえてくる。
茂みが揺れ、気配が生まれる。何か・・いる。
 「誰?猫?」
呑気に問う。・・と、茂みから現れたものは小さめのうさぎであった。
ほっと胸をなでおろす。刹那!背後に殺気が生まれる!!
ザンッ!突き込んだ刃が胸のあたりを貫通し、悲痛な悲鳴をあげた。
その場に崩れおちたのは・・・
ミチルの背後に今、まさに襲いかからんとしたベアであった。
 「よぅ。大丈夫か?」
黒髪の青年。風貌からして恐らく傭兵か、その辺りの類であろう。
「こんなとこで何してたんだ?」「迷子か?」
色々問いながら着々と剣を引き抜く青年の横顔を見ながらミチルはそれどころではなかった。
似ている。・・なんてものではない。
彼は今朝、家の前で別れたミチルの兄そのものだったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・

 「遅いぞ、カイン。」
 「お・悪ぃ悪ぃ♪」
森を歩いて、数分。少し開けた場所で青年と青年の連れがキャンプを張っていた。
分かったことは3つ。
ひとつ、彼、自分を助けてくれた青年の名前は「カイン」ということ。
自分の兄とは他人の空似、とは思えないのだが、そのようである。
ふたつめ。カインは町で出会った少年と連れ立って旅をしているということ。
特に宛てもない旅だが、傭兵である以上任務には向かわなくてはならない。
その任務とは、この近くの洞窟に巣くう盗賊団を壊滅すること。
最後にみっつめ。この世界はなんとアセリアだというコト。
彼は少し変なものを見るようにそのことを教えてくれた。
ミチルにとって、一番衝撃的な事実であった。
 「なんかさ。この女の子が奥でベアに襲われそうになっててな。・・っと。なんだっけ?」
 「ミチルです。」
 「そう♪チルちゃん♪」
 「・・・・」
 「おい!ちゃんと挨拶しろよ!」
眉ねを寄せてカインは連れに叱責する。が、連れは・・
 「・・で?今日の昼飯はどこにある?」

カインは蒼白になりながら森の奥へと消えていった。
 「・・ったく。なにしにさ迷ってたと思ってんだ。」
嘆息交じりに少年が呟く。
少年。確かに少年だ。自分とは恐らく同年代であろう。
左頬に一閃、古傷が刻まれている。
 「・・えっと・・」
 「・・・あんた。Endless Dreamerだろ?」
 「・・・へ?」
 「俺はあんたを知っている。あんたも俺を知っている。」
 「・・どういう・・?」
 「すぐ言っちゃおもんないだろ?ちぃっと考えてみな♪」
そう少年が悪戯っぽく呟くとゴロリと横になってしまった。


 「・・・明日の朝だ。」
月夜を背にカインは神妙な面持ちで呟いた。
 「・・・・本当に行くのか?・・・死ぬぞ?」
 「・・・元よりそのつもりだよ。家族の仇を取りにきたんだ。」
 「だが・・今日の娘・・似てんだろ?妹に・・」
 「・・・妹は死んだ。彼女は別人だよ。」
 「・・・まぁいいけどな。」
 「・・・しかし・・」
 「・・・ん?」
 「この騒動の後、出来れば見守っててくれないか?」
 「・・おいおい。身勝手な頼みだな。」
 「・・・頼む。」
カインが鋭い双眸で呟く。
少年は背を向け、
 「無論だ。」

・・・・・・・・・・・・・

 「・・・はれ?」
目が覚めた時、カインと連れの毛布はものけのからだった。
ミチルは昨日の晩のことを振り返りながら考え込む。
 「・・・どっか行っちゃったの?」
縦横無尽に跳ね上がる髪を直しつつ、朝の緑を踏み分け二人の影を探し始めた・・・。

ザンッ!!
刀身が5人目の首を裂いた。
 「はぁ・・・はぁ・・・」
 「てめぇ!自分が何してんのか分かってんのか!?」
盗賊のうち一人がまくし立てながら喚く。意に介した様子もなくカインは呟いた。
 「とらせてもらう・・・家族の仇ッッ!!」

おおおおおおぉぉおぉぉぉ!!

男の咆哮が森を響かせた。
 「な・・なにぃ?」
ミチルが肩をすくめうめく。森は異様な空気が漂っていた。
 (ど・・どーしよ・・?なんかすごいことになってるよぅ。)
嫌な汗が流れる。
肌がちりちり痛い。これが・・殺気なんだ。
憎悪が交じり合って辺りを支配する。
あまりにも日常からかけ離れている気。
この場にいるだけで気が狂いそうだった。

 「どこに行く?」
 「!」
すぐ背後に彼が立っていた。
カインの連れの少年。細目でこちらを見ながら腕組みしている。
 「よかったぁ・・。なんだか怖くって・・」
 「・・・いいから。動くな。ここを離れちゃいけない。」
 「え?」
 「・・・・アイツがケジメをつけようとしている。俺にアイツを止める権利はねぇ。」
 「・・・カインは?」
 「・・・明日になったら。ベネツィアに向かおう。」
 「ちょっと待って!ワケが分かんない!説明して・・・!」
みぢ・・・。
少年の革ごしらえの小手からわずかに血が滲んでいるのに気づきミチルは言葉を飲み込んでしまった。
 「・・・おまえは俺がお守りしてやる。それが・・・アイツの遺した言葉だ。」

そうか・・。
ここはそういう世界なんだ。
画面越しから傍観するアセリアというファンタジーな世界。
そこは、実際なんら現実と変わりのない世界なんだ。
憎しみもあれば悲しみもある。悲しみから生まれる新たな憎しみだって。
なんとなく・・分かった。
あれはお兄ちゃんなんだ。ただし・・・この世界の。
この世界のお兄ちゃんは言ってた。
家族はいない。殺されたって。
お兄ちゃんは・・・もしかしてその盗賊団さんに仇討ちに行ったのかなぁ?

ミチルは以外に静かな心に委ねながら呟いた。
 「・・哀しすぎるよ・・。私がいる。お兄ちゃんは誰も殺さなくていいじゃない?」
 「・・理屈じゃねぇんだ。」
 「・・・ばか。」

駆けていた。
理由も分からない。
探したからといってどうなる?見つけてその戦いに割って入ったからってなんになる?
いくらでも沸いて出る疑問を振り払うように、ミチルは駆けた。


 「・・・よう。」
 「・・・お兄ちゃ・・・。」
 「!・・・へへっ♪何年振りだろうなぁ・・アイツが死んで・・・5年だったか?」
 「・・・っく・・お兄ちゃん!」
とさっ。
カインの膝が地面に落ち、その体を支えるようにミチルがすべり込む。
 「・・・悪いなぁ。ず・・・っと不甲斐ない兄貴で。」
 「・・・何も言わないで・・。」
 「へへ・・。でも最後に顔見れてよかったなぁ。・・・もうちょい見せて・・・よ。」
カインの右手がミチルの頬に触れる。
血でべっとり湿ったグローブが肌を撫でた。
 「・・・泣いてる・・・のか?」
 「・・・・・」
 「・・・ありがとなっ。」
カインは優しく、微笑んだ。
死に逝く者の顔じゃない。ミチルはそう思った。
すごく穏やかで、優しくて。・・・懐かしくて。
カインは何度も何度も呟いた。
背中に深々と突き刺さる刀身、矢、肌に走る亀裂。
どれもが確実にカインの体温を、血と共に蝕んでいる。

町に連れて行けば・・もしくは助かったかもしれない。
それでも、カインはそれを拒んだ。
ミチルは困惑していた。
人は・・・何故死に急ぐのだろう?
いいや。死にたい人なんていない。
それでも人は・・死に急ぐ。
少年はそれを「ケジメ」と言った。
カインも繰り返すだけ。「これでいい。」
人は・・・特に男の子は、本当にばかだと思った・・。


 「いやがった!こんなところに逃げやがってっ!」
草木を掻き分けながら男が数人、二人を指差した。
容姿からして・・盗賊の残党!?
 「今トドメさしてやるぜ!?死に損ない!よくも仲間達を!!」
男が振り落とした刀身。
・・・我ながら無謀だったと思う。
閃く刀身に逆らうように飛び込んだ体は、止まらずカインをかばうように飛び出していた。

気がつくと。

目の前に右手があった。
深々と食い込んだ刀身。その右手で受け止めたのだ。
血が草木を滲ます。
左手で後ろから体を抱くように押さえつけられる。
動悸の激しいカインの胸に押し付けられ、ミチルの背中は死に行く命を感じた。
 「・・・なんで?」
涙が一筋、零れた。
 「・・・なんでだろな・・?」
 「なんだかわかんねぁが!二人共切り刻んでやるぜ!!」

ミシ・・・!!
右手の骨が剣の圧力に悲鳴を上げる。
 「やめてっ!」
体を乗り出すが恐ろしいほどにカインの左手は力強く、ミチルを抱きしめている。
 「・・・・じゃあな。」
微かに。ただしはっきりとそう聞こえた。ミチルはまた、涙を落とした。

 「死ねぇええ!!!!」

盗賊の一喝が森を轟かせる。ただし・・・
たったひとつの言葉でかき消される。
 「おめぇがな。」
たんっ。
一瞬男の首が歪んだと思うと、盗賊は喘ぎ声を漏らしその場に崩れ込んだ。
 「て・・てめぇっ!!」
 「・・・安心しろ。峰打ちだ。こんなことで殺戮を犯したくない。」
 「こ・・・殺せぇええ!!!」
カインの連れの少年が宙を閃き・・・

森は静かになった。

少年は・・・微笑っているようにも、泣いているようにも見えた。


・・・・・・・・・・・・・・

 「墓前に添える華もない・・か。」
 「そうだね。でもいいの。私分かったよ。私の存在理由が。」
 「・・・そっか。」
 「・・・探そう?皆を。倒そう?本当の厄災を。」
 「・・・あぁ。」
 「Endless Dreamはもう始まってるんだよね?」
 「あぁ!」

ミチルはリュックザックに制服を詰め込み、両耳の下で黒髪を結う。
兄の墓前でひとつ伸びをすると、麻の紐を巻いた少年に微笑みながら呟いた。
左頬に一筋古傷が残る少年は笑うと、ミチルの後に続き歩み出した。

今は・・こんなたったひとつの言の葉しかお供えできない。
でも。
旅が終わったら・・きっと華を供えに来るね?
私の・・本当のお兄ちゃんと来るのもいいね。

でも、今は振り返れない。
私の一言と共に終わらない夢は廻りだしたから。


 「それじゃぁ・・行こっか♪」

・・・・・・・・・・・・・・・


 「コラァ!どーしてくれんだ!服にベットリついちまったじゃねぇか!!」
 「この落とし前どうつけてくれんだ!あぁ?」
ベネツィアに着いてそこそこ。
ミチルの要望でカフェで休息することにしたのだが・・・
お約束というかなんと言うか、ミチルは絡まれていた。
 (ひ・・ひぇええ;;)

 「悪ぃな。俺の連れだ。」
イチズが呟くとその柄を男に押し付ける。

いざこざが解消してから、ふと辺りを見ると数人、奇妙な一行が立っていた。
一行のうち一人、体格のいい、豪快な男が笑いながら寄ってきた。
 「・・・兄ちゃん強いねぇ。武術の心得でもあんのかい?」

イチズが口許で笑ってる。
そっか。見つかったんだね。
これで・・・私もEndless Dreamerになりきれるよ。



この晴れ渡る空の元。
はるか遠方で、もうひとりの愛しい人は眠りについている。
この晴れ渡る空の元。
はるか・・はるか遠方で、本当の愛しい人は今日という日常を生きている。

それだけで、繋がっているように思えた。



〜END〜


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